山本孝弘さんの「明日を笑顔に」から紹介します。
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だまされたのは夫か?妻か?(山本孝弘)

僕は中学生の頃、地元紙の日曜版に載っていたショートショートを
毎週楽しみにしていた。その中で今でも忘れられない話がある。

主人公はある夫婦。夫は社会派の小説を書く作家。
妻はまじめな夫に不満は一切なかった。
出版社に送られてきた読者からの手紙がよく家に届けられた。
そのほとんどは中高年の男性からだった。

ある日、妻はちょっとしたいたずらを思いつく。
女子大生のふりをして友人の名前と住所を借り、夫にファンレターを書いたのだ。
余り返事を書かない夫から返事が届いた。
「私の小説の読者は三十代以上の男性がほとんどです。あなたのような
若い女性の読者がいたことに感激です。」
妻は面白くなりその後も手紙を書くことを続け、いつしか夫とおかしな文通が始まった。
何通かのやり取りを交わした数か月後、妻のいたずら心に火がついた。
「相談に乗っていただきたいことがあります。もしよろしければ、
〇月○日のお昼に〇〇駅前の喫茶店でお会いできませんか。」、
そんな手紙を書いたのだ。
「真面目な夫はどう断ってくるだろう。そもそも返事は来ないかもしれない。」
妻はそう思っていた。しかし、数日後こんな返事が届いた。
「私でお役に立てれば光栄です。」
妻は驚き、少し腹も立ち、悲しくもなかった。
その日がやってきた。十時ころ、スーツに着替えた夫は、
「出版社の人と会ってくる。」と言い残し、家を出ていった。
妻は少し後悔していた。
「真面目な夫は本気で読者の女性の相談を聞きに行ったのだろう。
誰も来ないことに傷つくだろう。出版社の人と打ち合わせだと
嘘をついたけど、それは許される嘘だ。」
妻は急に夫に謝りたい気持ちがわいてきた。
悶々(もんもん)としている間に時計の針が十二時を指した。
その時ふいに家の電話が鳴り、受話器を取ると、それは夫からだった。
「まだ、家にいたのか。お前から誘ったんだから早く来いよ。」

十五歳の僕はこの結末に震えた。
「小説って面白いなあ。夫婦っていいなあ。」、そんなことを考えていた。
小説は面白いと今でも思う。
夫婦がいいかどうか‥‥。人生いろいろ、夫婦もいろいろ・・・。
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小説っていいですよね。やっぱり読書は人生を豊かにしてくれます。
あっそうそう、映画もいいですよ。