志賀内泰弘さんの『ギブ&ギブメルマガ』から紹介します。
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ちょっといい話『戦場の祈り』

感染者の増加の波が押し寄せる度、医療関係機関の方々は、
たいへんなご苦労をされておられます。

いつも元気な医師の友人が「めちゃくちゃしんどい」と、
弱音を吐くのを初めて聞きました。

医療従事者のみなさんを応援するため、チャリティプック
「人生にエールを。」(リベラル社)を発刊しました。

その中から、ぜひみなさんに読んでいただきたい文章を
全文公開させていただきます。

読者の方々から、「胸がくるしくなりました」「泣けてきました」など、
たくさんの感想をお寄せいただいています。
中学3年生の女の子の作文です。

*   *   *   *   *
「戦場の祈り」

やっぱり熱がある。学校が休みになって一ヶ月。外出してもいない。
喘息の弟がいるから、感染には十分注意していた、つもりだった。
私は手が震えた。味はする?頭が真っ白になった。誰に相談しよう。
そう、もう一ヶ月母は家に戻っていないのだから。

私の手元には母の遺書がある。何かあった時の連絡先が書いてある。
いつ用意したのか、数年先の私の成人式の着物の受け取り場所まで書かれていた。
母に会えるだろうか? 家族にうつせば、大好きな笑顔は奪われるだろう。
弟は本当に乘り切れないかもしれない。

大きく鳴る心音が鼓膜を揺らし、痛みすら感じる。
恐怖で手が震えた。自分を恐ろしく思った。
次々と恐怖の波は襲ってくる。
私は、母が感じた恐怖を実感した。

呼び出し音が三回鳴る前に、懐かしい声が聞こえた。
いつも私の電話はすぐにとってくれるから、私は邪魔しないようにしていた。
「私、熱があって」いきなり電話が切れたが、四十分後に、母が白衣姿で家に現れた。

母はすぐに私を車で自分の病院に連れ、診察をしてくれた。
熱がある私を母の職場は嫌がるのではないかと心配したが、
皆が温かく声をかけてくれた。

結果を待っていると、不安そうな面持ちの人が診察室に呼ばれては、
しばらくすると安堵した表情で出てくる。

幸い私は新型コロナウイルス感染ではなかったが、
そうであってもそうでなくとも、母達医療者には関係ない。
彼らは最前線にいて、自分の恐怖の壁を乗り越え、
人々の不安へ手を差し伸べている。

母は、家族を守るため、自宅に帰らない方がよい、
と泣きながら遺書をくれた。

私は自分を躊躇なく迎えてくれた医療者の笑顔を生涯忘れることはないだろう。
恐怖や不安は誰かを差別しても解決しない。まやかしだ。
皆で心の恐怖の壁を乗り越え、医療者への差別をやめ、強くなろう。

そう、明日救われるのは自分かもしれないのだから。

*   *   *   *   *
前ページの「戦場の祈り」を執筆された板垣仁菜さんに、
本書への掲載の許諾をお願いしましたところ、ご快諾をいただきました。
ところが、その数日後、思わぬことが起きてしまいました。

仁菜さんのひいお婆さん様が亡くなられてしまったのです。
実は、ひいお婆様の退院を目前に、病院でコロナ患者が発生してしまい、
ひいお婆様も濃厚接触者として隔離病棟に入院されていたのだそうです。
その日、仁菜さんから、当編集部にメッセージと作文が届きました。

「本日亡くなった、『ひいばあ』のために私にできることはないかと、考えました。
何もできないから、編集される方にわたしの思いを伝えていただければと思います。

ただ、家族がどんな思いでいるか、コロナにうちかつ本をまとめてくださいと、
なんにもできない私はただ、そう願うことしかできません」

*   *   *   *   *
約束                 板垣 仁菜

今日、ひいばあが死んだ。コロナ病棟にいたひいばあに、ようやく会えた。
1ヶ月ぶりだった。ひいばあは、恐ろしいほど痩せていた。

私はひいばあの手を握ることすらできなかった。
96歳で、戦禍を乗り越えたひいばあ。

戦争で家族を失っても 、原爆が投下された日を経験しても、
ただ、働いて生きてきた命を、今日このウイルスが奪った。

病院でどんなに不安だったろう。
どんなに苦しかったろう。

要塞のように封鎖された病棟で、ひいばあの目にうつる景色が
青空でなかったことを、私は一生許せない。忘れない。

このウイルスは、狡猾だ。健康な人の体を媒体にして、弱い人々を狙っていく。
健康な人には重症化させないことで、まるで共存できるかのような甘い期待をいだかせた。
健康な人のウイルスへの恐怖の感覚を鈍麻させて、弱い人々へウイルスを運ばせる。

ひいばあは、命を持って教えてくれた。最後までたたかって、教えてくれた。
決してコロナを侮るな!!と。
恐怖を忘れてはならない。

正しく恐れ、ウイルス根絶を諦めてはならない。

この狡猾なウイルスの罠におちてはならない。

ひいばあ、見える? 青空だよ。
昨日までの吹雪が嘘のように、今朝は紺碧の空が広がっている。
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「人生にエールを。はげまし はげまされ」
編・著 志賀内泰弘(リベラル社)より