ある先生から教えていただいたいい話です。
(夜眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語
王様文庫より)
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台風の夜、タクシー乗り場で

これは、あるの夜のタクシー乗り場での出来事。
歌人の穂村弘さんが40歳過ぎだったころの体験談です。

台風の夜。
駅前のタクシー乗り場には、長蛇の列ができていました。
その列に並んでいた穂村さん。
とても疲れていて、早く家に帰ってお風呂に入ることばかりを考えていたそうです。
彼の前には杖をついたお年寄り。
2時間待って、ようやく前のお年寄りの順番となり、
そこにタクシーがやってきました。

と、突然、そのお年寄りが後ろを振り向いて言ったのです。
「どうぞ、お先にお乗りください。」
お年寄りが声をかけたのは、穂村さんではなく、
穂村さんの次に並んでいた若い女性。

見れば、その女性は赤ちゃんを抱いているではありませんか。

いくら疲れていたとはいえ、2時間も並んでいたのに、
すぐ後ろにどんな人がいるのか全く気が付かなかったとは・・・・・
と少し恥ずかしくなる穂村さん。

お年寄りに声をかけられた女性は驚きながらも、
お年寄りと穂村さんの両方にお礼を言って、
タクシーに乗り込み去っていきました。

お礼を言われて、余計に恥ずかしくなる穂村さん。

しかし、このあと、 お年寄りはさらにかっこいい行動に出るのです。
何とかこのお年寄り、ごく自然に、
穂村さんの後ろに回ろうとするではありませんか。

たしかに、お年寄りは自分の判断で、穂村さんを飛ばして、
タクシーの順番を女性にゆずりました。

つまり、「次にくるタクシー」に乗る権利を持っているのは、
穂村さんだと考えたのでしょう。

だから、「当然のこととして」穂村さんの後ろに並び直そうとしたのです。

狼狽(ろうばい)しつつ、「いえいえ、ど、どうぞ、次、乗ってください」
とお年寄りを止める穂村さん。

結局、お年寄りは、軽く会釈をし、次にきたタクシーに乗っていったのでした。
そのタクシーを見送りながら、穂村さんはこう考えていたそうです。

「あのお年寄りは、自分より弱いものを思いやり、
しかも、私に対しては当然のように『筋』を通そうとした。

それに引き替え、私のほうは、帰宅後のお風呂のことで頭が一杯だった。

私は・・・・・、負けた」

穂村さんの気持ち、よくわかります。

時々、メチャクチャにカッコいいお年寄りって、いますよね。
どんな時も余裕があって、自然に周りへの気遣いができている。
そういう人に出会うと、いつも「すごいな」と思ってしまいます。

ある一定の年齢以上のお年寄りの場合、戦争を経験しています。
私たちの想像を超える世界を、その目で見てきたのでしょう。
だから、「弱い者」への本当の心づかいができるのかもしれません。

このお年寄りのカッコいい行動。
下手に真似をして、もし、並んでいる人たちがとんでもない輩だと、
順番をゆずられた女性が、さも当然のようにお礼も言わずに去っていき、
後ろの人から「何、勝手に順番変えてんだよ」とからまれてしまうかも・・・・。

これでは美談が台無し。
そんなことにならないように、急いでいる時や、疲れている時ほど、
「気づかい」と「感謝」の気持ちを持って、人に接したいものです。
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かっこいいお年寄りになりたいものです。
せめて気持ちだけでも。