『人生の法則』の収録されている204篇の文章から、
一篇をご紹介します。
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感動・笑・夢
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児童文学作家の故・椋鳩十さんが、こういう話をしておられる。

椋さんの故郷は木曽の伊那谷の小さな村。
三十年ぶりに帰省すると、小学校の同窓会が開かれた。

禿げ上がったり皺がよったり、
初めは誰が誰やら分からなかったが、
次第に幼い頃の面影が蘇ってきた。

だが一人だけ、どうしても思い出せない。
背が低く色が黒く、威風がある。

隣席の人に聞くと、「あんな有名だったやつを忘れたのか。
ほら、しらくもだよ」。

椋さんは、えっ!? となった。

しらくもは頭に白い粉の斑点が出る皮膚病である。
それを頭にふき出して嫌われ、勉強はビリでバカにされ、
いつも校庭の隅のアオギリの木にポツンともたれていた。

ゆったりした風格を滲ませてみんなと談笑している男が、
あのしらくもとは……。

聞けば、伊那谷一、二の農業指導者としてみんなから信頼されているという。

二次会で椋さんは率直に、「あのしらくもがこんな人物になるとは
思わなかった。何かあったのか」と聞いた。

彼は「誰もがそう言う」と明るく笑い、「あった」と答えた。

惨めで辛かった少年時代。
彼はわが子にはこんな思いはさせまい、
望むなら田畑を売っても上の学校にやろうと考えた。

だが、子どもの成績はパッとせず、勉強するふうもない。

ところが、高校二年の夏休みに分厚い本を三冊借りてきた。

その気になってくれたかと彼は喜んだ。
が、一向に読むふうがなく、表紙には埃が積もった。

彼は考えた。

子どもに本を読めというなら、まず自分が読まなければ、と。

農作業に追われ、本など開いたこともない。

最初は投げ出したくなった。それでも読み続けた。

引き込まれた。 感動がこみ上げた。
その感動に突き動かされ、三回も読んだ。

その本はロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』。
聴覚を失ってなお自分の音楽を求め苦悩したベートーヴェンが
モデルといわれる名作である。

主人公ジャンの苦悩と運命が、彼にはわがことのように思われたのだ。

だが、ジャンは自分とは違っていた。

ジャンはどんな苦しみに落ち込もうが、必ず這い上がってくる。

絶望の底に沈んでも、また這い上がってくる。

火のように生きている。

自分もこのように生きたいと思った。

そのためには何か燃える元を持たなければ。

自分は農民だ。

農業に燃えなくてどうしよう──。

彼は農業の専門書を読みあさり、
農業専門委員を訪ねて質問を浴びせ、
猛烈に勉強を始めた。

斬新な農業のやり方を試みて成功させ、
そして、しらくもはみんなから頼りにされる農業指導者と化した。

この話をされた椋鳩十さんは、終わりに力強くこう言っている。
「感動というやつは、人間を変えちまう。
そして奥底に沈んでおる力をぎゅうっと持ち上げてきてくれる」

人間の目は前に向かってついている。

前向きに生きるのが人間であることを
表象しているかのようである。

感動は人を変える。
笑いは人を潤す。
夢は人を豊かにする。

そして、
感動し、笑い、夢を抱くことができるのは、人間だけである。

天から授かったこのかけがえのない資質を育み、
さらに磨いていくところに、前向きの人生は拓けるのではないだろうか。
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私が読んだ書籍の中で、皆さんに最も伝えたい話のうちの一つです。